コラム

忘れられない 忘れてはいけない

牧師 飯田啓子

 1月17日・2月19日・3月11日。
 年が明けてから、忘れられない、かつ忘れてはいけない日が増え、そして押し寄せて来ます。未だ2月19日は備忘録的に記憶しておけますが、1月17日と3月11日はその前後を含めると、かなりの時間で落ち込んでいる自分に気が付きます。
 それまでは、年明けは灰の水曜日から始まるレントの季節を、克己を意識して〇〇断ちだけでしたが、あの時から重く圧し掛かってくる記憶が未だに鮮明です。
 考えてみれば「あの日から今日まで」の感覚はキリスト教らしいカウントの仕方だと思います。救い主に出会ったあの日から今日まで。洗礼を受けたあの日から今日まで。スタートを切った日から今日まで、私がキリストのものとされている喜びと不思議さと惧れを味わい続け、やがてこれが終わりの礼拝まで続くことへの安心へと新しくされる。あの日から今日まで。あの日を忘れられない。そして忘れてはいけない。でもあの日も今日までも神が共にいてくださった。十字架のキリストに守られている。聖霊が導いてくださる。この神様の働きが今までも、今も、今からも有効で確実だからこそ、私たちは過去の痛みや苦しみから抜け出すことが出来ます。他にも逃げ道はたくさんありますし、そのことに誘惑されてもいます。でも私が罪に克己したから今があるのではなく、主イエスが十字架と復活を成し遂げてくださっているからこそ、今までの私、今の私、今からの私が安心して生活する ことが出来る。
 人は楽しい記憶よりも苦い記憶に飲み込まれてしまいがちです。そして十字架と復活のキリストから遠ざかってしまう。キリストは今も引き込まれてしまう私を、そこから引き揚げ、上へと押し上げ、上で待ち受けてくださっている。
 忘れられない・忘れてはいけないのは、過去の記憶や苦い経験ではなく、そこから救い出してくださる神の働きがあることです。この働きと実力を大いに喜ぶ者として、今からの時間を悔い改めて福音を信じる新しい歩みを続けていきたいと思います。