

コラム
「交換講壇によって」

飯田 敏勝
この頃、近隣の牧師方がみ言葉への誠実さによって団結していたということは、なんと素晴らしいことだったでしょう。牧師たちは、もちろん新任の監督に服従することはありませんでしたので、一方のドイツ的キリスト者側の牧師は、まだ大した勢力ではありませんでしたし、ただもう口先だけで万事威勢よくらっぱを吹くだけでした。
お隣のニーダーツェル村の牧師は、たびたびうちのグルント牧師を訪ねて来ました。この牧師は山の上まで上って来て、二人で意見の交換をしました。この牧師さんがリンデンコップの教会で、グルント牧師はニーダーツェルで、互いに交替して講演や説教をすることも時々ありました。
こういうふうなことによって、私たちはほかのキリスト者としっかり結びあわされたのです。
毎朝仕事に出かけて、山を下ってゆく途中で、私は小さい森の中を通りました。その時私は、下の盆地の中にニーダーツェルの教会の塔がそびえ立っているのを見ました。そのたびごとに私はいつもこう自分に言いきかせたものです。ああ、あそこにも福音に固く立とうとしている人たちがいるのだ、と。
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О.ブルーダー『嵐の中の教会』の一部です。リンデンコップ村の木こりの弁を借りて語る小説で、ヒトラー政権が台頭してナチズムのためのドイツ的キリスト者が迫ってくる状況下です。
わたしも十代の時から繰り返し読んできた、キリスト教関連の一冊です。リンデンコップ村のグルント牧師の説教や行動指針がつまびらかに理解できたわけでありません。しかし、先に挙げた交換講壇を含むこの部分や、小説末尾の靴直しの男のエピソードなどに、信仰が信仰者の中で受肉する様を感じ取ってきました。
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信 徒として、中部教区の石川地区での交換講壇を聞いてきました。語り口が個性的であったり(七尾教会の釜土達雄牧師などもいましたし)しても、他の牧師たちからも福音が同じように聞けるということを体験させられました。
牧師として、奥羽教区の秋田地区での交換講壇に携わってきました。牧師会での情報交換や、地区・教区の諸集会でその教会の信徒とも交流を持つ中、今その教会に求められている説教を交換講壇において語ることを心掛けてきました。
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単に仲良しのしるしでなく、教会形成の中心にある福音を確認するため、交換講壇は絶好の機会です。
中静分区では年度主題の「聖霊により潔められて義の実を結ぶ教会」に基づいて、同じローマの信徒への手紙8章によって御言葉を聞きます。