コラム

「氷山の一角」

牧師 飯田啓子

 暑さ寒さも彼岸までと言われ三寒四温を繰り返す季節の変わり目。今年は温かさも寒さも一週間ずつ続いている感じで、衣替えの目安は15℃設定としました。皆さん、神様から預かった身体の管理を主の名によって小まめにお願いします。
 草深教会の正面向かいのお宅が解体されて、礼拝堂の全景が良く見えるようになりました。馬場町の通りよりも一本遠い、駅前からの大通りを曲がった、以前、電柱広告を出していたところからも、レンガ部分が見えます。お向かいが解体される前は正面玄関上部の白い十字架だけが見えていました。全景を知らない人々は、教会特有の三角屋根の上に十字架があると考える人が多く、駐車場付近まで来てようやくレンガ部分が見え、十字架が何処に建てられているのか、教会建物の全容が見えるようになりました。第一印象は「氷山の一角」です。
 ある方に聞くと、旧会堂時代からお向かいのお宅はあったそうですから、こんなに遠くから会堂全体が見えるというのは初めてです。皆さん一人一人が初めてを御覧になっている。けれども氷山の一角です。
 この3月は闇鍋学年メンバーと再会する機会がありました。20世紀末に共に派遣されて30年を、献身者・同労者として歩んできた仲間です。話しも盛り上がります。酔っているからではありません。確かに氷山の一角です。けれども神の国に入れられている。このことを知ったからこそです。
 30年前、私が頼ったキリストは復活のキリストです。今は再臨のキリストです。復活で終わっていない。その先、永遠と言う神様の領域が切り開かれている。献身の志を与えられる前は十字架のキリストでした。死で終わらない程度で、復活には至っていませんでした。そして聞き続ける中で明確に再臨のキリストに頼る者にされています。
 答えは十字架だと知っている信仰者です。けれどもその広さ深さ大きさ長さなどを実感していません。ただキリストの足もとにひれ伏して聞き、見上げ続ける中で「本当にこの人は神の子だった」と口にすることが出来ます。