主日礼拝説教

天使の歌:天と地をつなぐ讃美歌

ルカ2章8~14節

天使の歌:天と地をつなぐ讃美歌

神の御子イエスはベツレヘムでお生まれになりました。その知らせを最初に受けたのは貧しい羊飼いたちでした。羊飼いたちがなぜ野宿をしていたのでしょう。それはユダヤでは、羊を小屋に入れて飼うのではないからです。羊たちは、野原で放し飼いされます。羊飼いは、牧草地を捜しながら羊を連れて移動していた。かわいい羊の面倒を見て旅をするのは楽しそうです。

しかし楽しいだけではありません。羊をねらう狼が襲って来るかもしれないし、泥棒が羊を盗みにくるかもしれないからです。泥棒は羊をねらうのは、羊を売ればお金になるからです。羊一匹は、非常に高価な財産でした。羊の毛を刈れば、ウールができる。羊からミルクやチーズをとることができる。羊の肉も、羊の皮からはレザー製品ができます。羊のどの部分も捨てるところがないほどです。羊一匹が、車一台分に相当する財産だといわれます。

そんなに高価な動物を飼っている羊飼いはお金持ちなのではないか?そう思う人もあるかもしれません。しかし多くの羊飼いたちは、自分の羊を飼っていたのではありません。だれか別に羊のオーナーがいて、オーナーたちに雇われた羊飼いたちが羊の面倒を見ていたのです。

もし羊が盗まれたら、羊飼いはオーナーに羊の弁証をしなければなりません。羊が獣に食われた場合も同じです。かつて羊飼いだったダビデ王が、こう言っています。「獅子や熊が出て羊を襲う事があります。その時には追いかけていって、その口から羊を取り戻します」(サムエル上17章35)。ダビデは、大げさに言ってるのではありません。本当にそこまでしないといけない。それが羊飼いです。さもないと、獣に食われたと嘘をついて実は、羊飼いが羊を勝手に売り払ったと疑いをかけられるかもしれないからです。野獣から羊を取り戻しにいって、手や足を失う羊飼い、命をとられる羊飼いたちも珍しくなかったのです。羊飼いの仕事は命がけ。いつも死と隣り合わせでした。それでいて彼らの命は、羊一匹以下の値打ちよりも低く見られました。

その夜、暗闇の中、羊飼いたちは群れの番をしていました。泥棒や獣を警戒しながら…。その時、主の天使が現れ、あたりは真っ暗だったのに、突如主の栄光がまわりを照らしました。羊飼いは、怖ろしくなりました。夜の強盗と戦い、野生の熊や獅子に立ち向かう羊飼いが恐れた光とは、一体どれ程のものだったでしょう。

「今日あなたたちのために救い主がお生まれになった」これを聞いて羊飼いは驚きます。わたし達のために救い主が生まれたといわれたからです。羊よりも大事にされていないわたし達のために救い主がお生まれだと聞いたからです。「あなたがたは、飼い葉桶に寝ている乳飲み子を見つけるだろう。」天使の大軍も加わって賛美の声が響きました。「栄光神に、地には平和御心に適う人々に」賛美の声に励まされるように、「ベツレヘムに行こう、主が知らせてくださった事を見に行こう」羊飼いたちは、マリアとヨセフ飼い葉桶に寝ている乳飲み子を見つけました。布にくるまった姿は、赤ちゃんの葬式のように見えます。その姿は、十字架から降ろされ亜麻布にくるんで葬られる将来の主イエスを思わせる姿です。主はわたし達のためにお生まれになりました。羊飼いたちは、狼から羊を取り戻すため命を懸けます。主イエスは、罪の暗闇にとらわれたわたしたちを取り戻すためにこの世に来られました。闇の世を照らすまことの光として「闇の中を歩む民は大いなる光を見、死の陰の地に住む人々に光が輝いた」(イザヤ書9章1)

(説教者:堀地敦子牧師)