主日礼拝説教

生まれる前から

エレミヤ書1章4~10節

生まれる前から

みなさんは、神様の声を聴いたことがありますか?

聖書には、神様と出会った人、神様から呼びかけられた人が何人も出てきます。そのなかの一人で、エレミヤという男の人がいました。イエス・キリストがお生まれになる700年ほど前に生まれて、活躍した預言者です。モーセやイザヤ、エリヤたちとならんで、旧約聖書の中で、もっとも偉大な預言者の一人に数えられています。

お父さんは祭司といって、神殿や礼拝に仕えていた人でした。その息子エレミヤに、ある日、神様からの声が響きわたりました。

「わたしはあなたを知っている。母親の胎内にわたしがお前を形づくるはるか前から、わたしはお前を知っている。わたしがあなたを選んだ。世界のすみずみまで、世界中の人びとに、わたしの言葉を伝えなさい」。

エレミヤは、自分の耳を疑いました。びっくりして、こう神様に答えました。「神様、わたしにはムリです。できません。わたしはまだ小さな子どもですから」。聖書には、わたしは若者で、どう語ったらよいかわかりません。そう書いてあります。でも、旧約聖書をみると、エレミヤはこのとき、まだ10代の子どもでした。今でいうと、小学校の5~6年か、大きくても中学生くらいです。まだ大人になっていませんでした。

それでエレミヤは神様に言ったのです。「ぼくにはむりです。まだ小さい子どもですから。神様のことをどう伝えればよいか、ぼくにはわかりません。」 ぼくみたいな小さな子どもが話しても、大人の人たちはきっと信じてくれません。そう思ったかもしれません。

「だめです、できません。」 そう言うエレミヤに、神様は答えておっしゃいました。「無理です、とかわたしはまだ子どもです。と言ってはならない。わたしがあなたを選んだ。わたしがあなたを送り出す。行って、わたしが授ける言葉を、人びとに語り伝えなさい」。

それから続けて、神様はこう言いました。

「人を恐れてはいけない。わたしを畏れ、わたしに頼りなさい。わたしはいつもあなたと一緒にいる。どんなに苦しくなっても、必ずわたしがあなたを救い出す。」

そう言うと神様は、なんとその手で、エレミヤの口に触りました。

「さあ、今、わたしの言葉を、あなたの口の中に入れました」。「この日、わたしはあなたに力を与える。あなたは(この国を)『抜き』『壊し』、『建て』『植える』だろう」。 このようにして、神の預言者エレミヤは誕生しました。

わたしたちも、エレミヤと同じように、神様の声を聴いています。この教会の礼拝で神の言葉を聴いています。説教とか聖書のお話を聞いて、今日も神様を礼拝しています。

エレミヤのときのように、神様が、今ここで、みなさんに話かけておられるのですよ。神様のどんな声が聞こえていますか?

「恐れてはならない、わたしがあなたと共にいる。どんなことがあっても、わたしはあなたを救い出す」。なんと力強い神様のお言葉でしょう。この神様の約束を信じましょう。

「わたしはあなたを知っている。お母さんのおなかの中に、あなたを形づくったのはこのわたしだ。そのわたしが言う。あなたが生まれる前から。あなたが母親の胎内に宿るよりはるか前から、わたしはあなたを知り、あなたを愛し、あなたを選んでいた」。

わたしたちが今、ここでこうして、神様を礼拝しているのは、大人も子どももみな、この神様が呼んでくださったからです。イエス様を信じて救われたのも、そうなれるよう、キリストの父なる神が、わたしたちを選んでくださったからです。わたしたちの力や意志ではありません。洗礼を受けて、新しい命に生き始めたのは、エレミヤを選んだのと同じ神様が、キリストにおいて、教会につながるようにと、わたしたちを選び出してくださったからです。

わたしたちも、エレミヤに語りかけた神様のあのお言葉を、イエス様を通し、しっかり受け取って、生きていきたいのです。

神様はエレミヤに、こうお命じになりました。「あなたは抜き、壊し、建て、植える」。この御言葉こそ、イエスさまが成し遂げる救いを預言したものでした。イエス様はこうおっしゃっています。「この神殿を壊してみよ。わたしは三日で建て直してみせる」(ヨハネによる福音書1章21)。主イエス様は、ご自分の体のことを、神殿にたとえて、おっしゃったのでした。弟子たちは、イエス様が十字架にかかり、死人の中から復活されたとき、この言葉を思い出しました。そしてイエスさまこそ世界の救い主だと、信じました。

エレミヤのとき、古いイスラエルの信仰がおかしくなって、神様から厳しい罰を受けないといけない。そういう時代にエレミヤは、バビロン捕囚という厳しい試練を告げました。けれども、厳しい裁きの向こうに、慰めと救いの希望が用意されていました。イスラエルの国を抜き、壊した神は、エルサレムの都を、再び建て、植えてくださったのです。

再び建て、植えられたエルサレムの都に、やがて、主イエス・キリストがやって来られます。ご自身の肉を裂き、血を流して、罪の赦しと永遠の命を、わたしたちにもたらしてくださいました。預言者エレミヤは、まもなく来られる主イエス・キリストを証ししたのです。

信仰者エレミヤは、神の言葉を一生懸命伝えても、だれにも信じてもらえなくて、一人ぼっち孤独で、辛いことばかりでした。しかし、どんなときにも、神様はエレミヤと共にいてくださいました。 今、わたしたちには、神様の独り子イエス・キリストがいます。この方こそ、わたしたちの救い、慰め、希望です。

「主よ、あなたはわたしを究め、わたしを知っておられる。座るのも立つのも知り…わたしの道にことごとく通じておられる。」「わたしの舌がまだひと言も語らぬさきに、主よ、あなたはすべてを知っておられる」(詩編139編1~4節より)。

「どこに行けば、あなたの霊から離れることができよう。…天に登ろうとも、あなたはそこにいまし、陰府に身を横たえようとも、見よ、あなたはそこにいます。…御手をもってわたしを導き、右の御手をもってわたしをとらえてくださる」(同7~10節より)。

キリストの御腕が、今日もあなたを、わたしたちをとらえて離しません。主イエス・キリストの恵みと平和が、みなさんと共にありますように。

(説教者:堀地正弘牧師)