主日礼拝説教

主の平和

創世記2章7節、ヨハネによる福音書20章19~23節

「わたしは、見ました」(18節)。マグダラのマリアは、弟子たちに主イエスの復活を伝えました。しかし、弟子たちは復活の知らせを信じようとせず、家の戸に鍵をかけて閉じこもってしまいます。

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刺し貫かれた方

ゼカリヤ書12章10、ヨハネによる福音書19章28~37

二千年前のちょうどこの日、主イエス・キリストは、エルサレムの都に進んで入りました。神のご意志に従い、わたしたちの救いを成し遂げるため。十字架で命をささげるためです。日曜日にエルサレムに入ったキリストは、木曜日の夜には最後の晩餐を弟子たちと祝い、夜を徹して祈ったあと。金曜日の朝には、ゴルゴタの丘へと引き出されていきます。

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葬りの日のために

申命記15章11節、ヨハネによる福音書12章1~8節

主イエスがラザロを復活させました。これを目撃した多くのユダヤ人たちが主イエスを信じました。一方主イエスを殺そうとする人々も行動を開始します。

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わたしたちの神

わたしたちがしてきたことは無駄ではなかった。決して無駄ではなかった。そう思える人は幸いです。人生の終わりに、そのように言えたなら、その人生は、まちがいなく、神の恵みと慰めに満ちた人生といえるでしょう。

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つまずく弟子達

詩編90編13-17節、ヨハネによる福音書6章60-71節

3月も半ばを迎え春分の日を間近に控えています。主は昼と夜を分け、私達の歩みも主によって分けられます。主は正しき者と悪しき者とを分ける。それを教会用語では、「裁く」と表現します。主の御業は真実です。それを人の思いから判断しても、御言葉の真理に従うことにはなりません。

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罪のための犠牲

レビ記16章15~22節、ヘブライ人への手紙10章19~25節

レビ記16章には、イスラエルの大贖罪日について記されています。「アロンの二人の息子が主の御前に近づいて死を招いた事件の直後、主はモーセに仰せになった」(レビ記16章1節)。神さまが大贖罪日について告げたのは、アロンの二人の息子が死んだ直後のことでした。

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御子を待ち望む教会

イザヤ書55章8~11、テサロニケの信徒への手紙一1章2~10

「わたしたちは祈りの度に、あなたがたのこと」でいつも、神に感謝せずにはおれません。そうパウロは、テサロニケの教会の人びとに伝えました。なぜなら、教会の人びとが迫害や困難な中でも、信仰・愛・希望をもって歩んでいたからです。

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恵みと平和

民数記6章22~27、テサロニケの信徒への手紙一1章1~3

「教会らしい」と言われることがあります。「教会らしさ」とは何でしょう? どういうことをいうのでしょう? 今年度の目標は「喜び、祈り、感謝~聖霊によって生きる」です。どれも教会らしさをあらわす言葉にちがいありません。

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厳粛な誓い

レビ記27章26~34節、コリントの信徒への手紙二1章17~22節

2節の直訳「もし人がその人の代価に当たる額をもって、主に誓願するときには、その金額は、二十歳から六十歳までの男子なら聖所のシェケル銀貨で50シェケル、…」。これは、この代価によって、民が主に誓願を立てることができるという主旨です。レビ記27章のテーマは、誓いです。

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生まれる前から

エレミヤ書1章4~10節

みなさんは、神様の声を聴いたことがありますか?聖書には、神様と出会った人、神様から呼びかけられた人が何人も出てきます。そのなかの一人で、エレミヤという男の人がいました。イエス・キリストがお生まれになる700年ほど前に生まれて、活躍した預言者です。

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祝福と呪い

レビ記26章40~46節、ローマの信徒への手紙11章25~32節

レビ記26章のテーマは、祝福と呪いです。「あなたたちは偶像を造ってはならない。…わたしがあなたたちの神、主だからである。」(レビ26章1節)。唯一のまことの神のみを神とする、そこに命と祝福があります。これはイエスの最後の晩餐の言葉とも一致します(ヨハネによる福音書17章3節)。

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喜び、祈り、感謝

詩編43編3~5、テサロニケの信徒への手紙一5章16~20

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて神が…望んでおられることです」(5章16~18)。「喜び、祈り、感謝―聖霊によって生きる」。本年度、神様が、わたしたちを導く御言葉、そして目標をこのように与えてくださいました。

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